入静は耳慣れない言葉ですが気功の基本です。

入静法 (にゅうせいほう)


 入静は内功(内功は意念である精神と神経を主に鍛える功法)の第一関門 であり、気功全体の中でも重要な関門である。気功の修練過程で次第に深めまっ ていくもので、一般には浅い入静から深い入静への移行といえる。入静があって はじめて気功態(気功状態の意識のありかた)といえる。
古代から 「恬淡虚無、真気従之。」といわれている。
入静状態ではじめて気機(気の動き、昇降出入)は発動され真気(気功によっ て鍛練される一種のエネルギー)が充実してくる。入静の程度が深いほど真気の 充実と発生も早い。初心者の場合入静のために種々の雑念を克服することが当初 の目標になる。

意志と知恵と力量。

 世俗社会の中では各種の煩悩、物欲、色欲からまぬがれるのはむずかしい。
七情(喜怒哀楽愛悪怒。または、喜、思、悲、恐、驚、憂。)六欲(眼、耳、 鼻 、舌、身、意。)の苦しみといわれるものが、これが雑念であります。

 これらは日常では意識はしてはいないのですが、内功を始めようと一旦座って 目 を閉じると雑念はまるで野性の馬のように暴れだすのであります。

 修練者は暴れ馬をのりこなすように意志の力量で雑念を排除しきるのです。
この邪念をおさえていく過程が真気発生、充実の過程でもあります。
身体健康への過程ともいえるのであります。

 雑念を心の中の曇りとたとえ、これをぬぐい去って鏡のようにすみきったもの に なるには意志の力で剣をもって心の魔を切るというふうにたとえられるわけで す。 心の魔を一掃できれば自分自身の心身は一新されて燦然と輝いてくるのであり ます。

 流派によっては入静を識神(意識をつかさどる心の働き)と気の関係として認 識 しているものもあります。神(精神、心)と気が作用しあうという考え方であ る。
気功鍛練によって精神力も高まると考えていいでしょう。

一、入静(にゅうせい)の特徴

 入静の状態を言葉で説明するのはむずかしい。人によって異なるからである。
 おおまかにいうと以下のようになる。

 睡眠状態ににてはいるが、明らかに睡眠とは異なる。
 思考は停止して意識の一部だけが覚醒している。
 感覚はとぎすまされていて、針が落ちる音も聞き分けられるほどである。
 心、精神は鏡のように澄んでいる。
 もし、自分自身の意識が消えて世界と一体となっていると感じるということな らば高い段階に達しているといえる。

呼吸方面
 呼吸は深く、緩やかで、等しく、細く、絹糸を吐き出すような具合。緊張はせ ず、たるんでもいない、とぎれたり、折れ曲がったりしない。
 停止しているように感じることもあるがこれはいわゆる胎息である。
 また皮膚呼吸になることもある。
 皮膚呼吸では吸気時に清涼感があり、呼気時には熱感がある。
 ただし、あくまで自然にまかせ故意に行なってはならない。

体感方面
 体が無限に拡大して宇宙と一体になった感じ、あるいは体が小さくなり消えて しまった感覚など。
丹田部に真気が集まっている感覚や動きだす感覚、身体に熱感を感じたり光を 感じる。
 体が軽くなって天にのぼっていく感覚、あるいは体が大地深く沈んでく感覚な ど。

深層意識方面
 入静状態になるととおうおうにして各種の幻覚、幻聴が生じる。心霊現象、虫 や鳥の鳴声が聞こえる、香がする、風景が見えるなど。
 これらは魔景といわれるもので、まどわされないようにしてあくまでも心は鏡 のように波立ててはいけない。

二、入静の姿勢
 座式が主であるが臥式でもよい。
 座式には椅子に腰掛ける、あぐら、半跏趺座、結跏趺座がある。初めは椅子で はじめ次第にあぐら半跏趺座と進んでいくのがよい。結跏趺座が最もよい姿勢で ある。
 真気を集中しやすく、集中した真気を鍛練しやすい。
 どの姿勢であっても重要なことは自然放鬆である。放鬆はゆるませることでは なく、背骨がまっすぐに伸びていて全身の筋肉がリラックスしている状態である 。
 静功の姿勢には数々の注意事項がある。しかし、初めて行なう者にはそれらを 気にするとかえって緊張を招いてしまいやすい。
 ひたすら背骨をまっすぐにして、そのとき起こってくる体の反応を見ながら力 をぬいたりして調整していけばよいのである。

三、入静の方法
呼吸入静法
 呼吸入静法は随息法ともいう。意念を呼吸に集中させ、空気の上下運動出入りの動きに意念を従わせる一念代万念の方法である。
 初心者にとってはなかなかいい方法である。
 吸う息だけに注意をして吐く息は自然にまかせる方法と、吐く息だけに注意を して吸う息は自然にまかせる方法がある。
 ある程度経絡(全身を巡っている気の通り道)が通ってくると意念をもちいて 全身の皮膚にある小さな穴から天地宇宙の気を吸収し、全身の病気(病気の原因 となる気)と濁気を排出する。
 皮膚呼吸を行なった後、放鬆し意念をもちいず呼吸を自然にして頭の中を空白 にして体はゆったりとリラックスした状態になる。
 雑念が生じたら再び皮膚呼吸をして雑念を排除する。
このように意念を呼吸に集中させることによって雑念をおさえるということが 一念代万念ということである。
 一歩づつ深い入静に入っていく。

意守入静法(いしゅにゅうせいほう)
 これも最もよく使われる入静法である。
 意守する主な部位は上丹田(眉間の少し上)中丹田(両乳頭の中心)下丹田( 臍の下)会陰(肛門と陰門の中間点)命門(背中でちょうどへその裏側)湧泉( 足の裏側でかかとから三分の二の点)などである。
 意守法のいいところは気を集中しやすく得気(気の感覚を感じること)が早い ことであるが、欠点は火候(火加減)がつかみにくいことである。
 一般には意守しているようで意守していない程度に軽く意守するのがよい。あ るいは息を吐くとき意守して吸うときは拡散させる。または息を吸うとき意守し て吐くときは拡散させるというのがいい。決して「死守」してはいけない。そう しないとたちまち陽気が上昇して下りなくなったり、体のあちこちに不具合を生 じる。頭がぐるぐるしたりふくらんだようになったりすることが多い。
 下丹田は真気発生の海ともいわれ最も多くもちいられる。

体感入静法
 練功が進むと八触といわれる現象があらわれる。
すなわち動き、痒み、軽さ、重さ、涼しさ、熱、ざらざら、すべすべなどを感 じる。人によって異なるので、おどろかないことである。
 最も重要な感覚は真気が体内に発生し移動する感覚である。真気が動き回る感 覚や電気が通る感覚や熱感などである。
 体のあちこちに起こってくるそういう感覚を追っている間に自然に雑念がなく なっているというわ けである。

 

口訣入静法(こうけつにゅうせいほう)
 派によっていろいろな言葉が用意されている。口訣を黙念するのは入静を助 ける妙法である。言葉はもともと暗示効果をもっている。まして代々受け継がれ てきた特別な意味を持ったことばならなおさら不思議な力をもつのである。
 なかでも最も簡潔な口訣は「鬆、静、通、洞」である。
 はじめは軽く発音して行なう。鬆ソーン(放鬆)と発音しながら会陰から百会 (頭の頂上)へむけて声波を伝えていく。静チーン(安静)と発音しながら百会 から会陰へむけて声波を伝えていく。
 通トーンと発音しながら会陰から百会、静チーンと発音しながら百会から湧泉 。再び鬆ソーンと発音しながら湧泉から百会というように循環させ、熟練してき たら声を出さずに黙念し、入静と経絡疎通の助けとする。